① ミックスボイス・ミドルボイスとは?

ボイストレーニングに興味を持った方が出会う魔法のような言葉に「ミックスボイス(ミドルボイス)」というのがあります。きっとこのページを目にされた方なら一度は耳にされたことのある言葉なのではないでしょうか?

考え方やトレーニング方法は星の数ほどあると思いますが、広い意味で地声と裏声の混ざった声(ミックスボイス)、もしくは地声と裏声の中間の声(ミドルボイス)という認識で使用されているのが現状だと思います(平たく言えば地声のような声ですごい高い声を出すということ)。

この考え方に否定的なトレーナーさんはとても多いですし、私もどちらかと言えばその一人ですが、広く流通してるこの認識のままでとりあえず話を進めていこうと思います。

何度も繰り返すのもくどくなるので、呼び方はここではより一般的かと思われる「ミックスボイス」で統一したいと思います(ミドルボイスでも同じことです)。

さて、ミックスボイスとは一体何なのかの話の前にそもそも「地声」「裏声」とは一体何を指しているのかを一緒に考えて行きたいと思います。

② 地声と裏声

みなさんは、地声と言えば、話している時の声やカラオケなどで歌う普通の声を、裏声と言えば、女性のクラシックや合唱の声などを思い浮かべるかもしれません。

ですが、聞こえた感じによる「地声」「裏声」の区別はとても曖昧です。

15年ほど前(まだ私がボイストレーナーになりたての頃です)に、ある先生にレッスンを受けていました。ある時私が裏声の鋭い声(俗に言うヘッドボイス)を出したところ、

「植村くん、地声ですごく高い声が出るんだね」

と言われました。そして、この言葉に当時の私はかなり強い衝撃を受けました。

「先生にはこの声が地声に聞こえるんだ……。」

その先生は人間的にも音楽的にも私には信頼のできる方でした。でもクラシックの第一線の方だったので、私とは声の捉え方が違うんだと分かりました。同じプロ(私は駆け出しでしたが^^;)でも声に対する考え方が異なるとその判断はまるで変わってくるのだなと知りました。

このように聴覚上(聞こえた感じ)の区別は、個々の美的感覚や価値観に大きく左右されるもので、客観的な区別ではないのです。

では、この地声、裏声をどのように捉えれば良いのでしょうか?

③ 声区について

発声の問題を語るときによく出てくる問題として「声区」の問題があります。「声区」とは聞き慣れない言葉かもしれません。英語ではレジスター(register)と言います。

Wikipediaでは「歌唱やその訓練において、主に発声者の体感、諸器官の働き方の違いで声を分けるとき一連の声のシリーズを声区(レジスタ)と呼び、音色で分ける「声種」とは区別される。」とあります。余計分からなくなったかもしれませんが、とりあえず今は、を何らかの基準で別していることと考えて良いと思います。

はたしてミックスボイスとは声区なのでしょうか?

まず、声をいくつの声区に分けるのかで流派や団体、個々のトレーナーで見解に違いがあります。

「地声(胸声)」 「ミックスボイス(中声)」 「裏声(頭声)」の3声区を主張する人たちもいれば、「いや、すべての声区は一つとならなくてはならない」という方、6~10声区ほども細かい区分けをするトレーナーさんもいます。

何を正解とするかはそれぞれの声に対する考え方や価値観によって異なってくるのでしょうが、声区分けの基準が先ほど述べたような聴覚上の区別であるならとても曖昧で意味のないものとなってしまうでしょう。様々な方の声区の主張を拝見する限り、私的には聴覚上の区別以上のものは感じられないことが多いです。

声区を考えるときに最も大切なことは、生理的な機能を考察することだと、ボイスラボでは考えています。

④ 地声の筋肉 裏声の筋肉

ボイスラボでは、声を地声・裏声の2声区と捉えてレッスンを進めています。そしてその地声・裏声の区別は、発声時に使用する筋肉の違いによって考えています。

「地声系の筋肉は◇◇筋、△△筋、◎◎筋などで、裏声系の筋肉は〇〇筋、☆☆筋、▲▼筋などで・・・」と名称を挙げることも可能ですが、名前だけ覚えても全く意味がなく無駄な知識になります。それぞれの筋肉がどんな役割を持っているかを考えてゆくことで声の実態に迫ってゆくことができます。

大雑把にここに書いてみると、

地声の筋肉・・・声帯を縮める(緊張させる)、声門(声帯同士の隙間)を閉じる

裏声の筋肉・・・声帯を伸ばす(伸展させる)、声門(声帯同士の隙間)を開く

となります。

そして、声帯を「縮める筋肉(内甲状披裂筋(声帯筋とも言います・地声)」、「伸ばす筋肉(輪状甲状筋・裏声)」が各声区においてコントロールの主役となると考えます。なぜこれらが重要かというと、これらの筋肉を使ってピッチ(声の高さ)をコントロールしているからです。

つまり「ド」の音を出そうとイメージした時に私たちは、声帯筋か輪状甲状筋か、あるいはその両方かを用いて発声するイメージをすることになります。

「えっ?じゃあ、声帯筋のみが地声で、輪状甲状筋のみが裏声で、両方ともがミックスボイスなんじゃないの?それなら3声区ってことじゃない?」

という声が聞こえてきそうです。しかし現実的には声帯筋や輪状甲状筋のみでピッチコントロールすることは非常に少ないのではないかと考えています。色で例えるなら、真っ白と真っ黒はほとんど無くて、ほんの少しでも白か黒の混じり合った灰色がほとんどだ(つまりほとんど灰色しかないということ)というような感じです。

「それなら、ミックスボイス(灰色)の1声区と言った方が妥当なんじゃないの?」

と考えることも出来るかもしれません。ただ1声区だと、声を区別することはできないと言っているのと同じなので、わざわざ「声区」を言う意味がなくなり、ただ「声」と言っているのと同じことになります。

歌唱時はそのように扱えた方がコントロールしやすいこともあると思います。実際、聴覚上1声区のように聞こえさせる技術がなければ、歌唱に何らかのトラブルが生じやすくなるのが現実だと思います。

girl-945819_1920ボイスラボが2声区で考えるのは、地声系の筋肉、裏声系の筋肉を分けて考え、個々にトレーニングしてゆくからです。生理的な機能で2系統あるものをそれぞれで分けてトレーニングし、それらを融合してトレーニングするのはまた別のトレーニングで行うのが最も理にかなっていると考えています。つまり、地声のトレーニングによって地声系の筋肉(神経も含め)を鍛え、裏声のトレーニングによって裏声系の筋肉を鍛えるのです。そして、両者が適切に働き合うトレーニングをすることによって声を低音から高音まで最大限に使うことができるようになります(この部分のみが強調されてミックスボイスと騒がれているのだと思います)。

混ぜることを中心とした練習のみではそれぞれの筋肉(神経)が適切に働くことは難しく、レッスンを進めて行っても、過緊張の無理をした声になるか、息漏れ気味のか弱い声になるか、バランスはある程度良くともボリュームの乏しい小さい声になる場合がほとんどのように思われます。

野球のピッチャーがパフォーマンスを上げようとする時に例えると分かりやすいかもしれません。ピッチャーがボールを投げる時、もちろん腕だけで投げている訳ではありませんよね。足の力も相当使いますし、ボールを握らない方の腕や上半身の捻る力など、全身の様々な筋肉を使うはずです。これらはひたすら投げ込むことでパフォーマンスが良くなるのでしょうか?

おそらくその投手の投げ癖(歌でいうと歌い癖)で、使いやすい筋肉に負荷が偏り、あまり使えていない筋肉はずっと使われないままという状況が続くことでしょう。そのボディーバランスの中でフォーム(歌い方)を改善しようとしても、使えていない筋肉は神経のコントロールも上手くいかないので、すごく遅く、弱い動きでしかフォームを矯正することは難しいはずです。これでは試合に使えるようになるまでに何年かかるか分かりません(到達できないかもしれません)。

そこで投球動作においてどこの筋肉が未発達なのか分かるスポーツトレーナー(歌でいえば耳の良い優れたボイストレーナー)に適切な筋肉を個々に鍛えてもらうことで、投球フォームを理想の状態に近づけてゆく(地声と裏声の融合させる)のが早く、かつ、確実になるのです。

声を生理的機能で考えて「2声区」で捉えることで、それぞれの筋肉の動きを自由にコントロール出来るようになり、それを融合してゆく(それぞれの声区の持ち味を高め合うこと)ことが可能になるのです。

⑤ 最後に

この「こえぶろぐ」ではまだ、このミックスボイスに限らずどの記事でも、理論的な部分や本質的な部分しか書けていないので、

「じゃあ、どうすればミックスボイスは出るの!?」

と思われる方も恐らくいらっしゃるのかなあと思います。

インターネットなどを見ていると色んな情報が出てきます。

・○○に当てる、響かす
・鼻腔共鳴
・軟口蓋を上げてそこに声を当てる
・声を上に(または後ろに)回す
・裏声+閉鎖(エッジボイス)
・母音を丸める
・腹式呼吸で……(・・;)

などなど。

それぞれ100%間違ってるとは思いません。それでヒントになる人がいるのはよく分かりますし、それは全然悪いことではないと思います。実際に私自身も「なるほど!」と思うアイデアやイメージと出会うこともあります。

ですが、こういった声のノウハウやメソッドのほぼ全てが、高い声をどうやって地声っぽく出すかにフォーカスされていると思います。ここに声の価値が全て押し込められ、本来の歌や声の素晴らしさがとても狭められているように感じています。

確かに高い声で歌うアーティストの曲を原キー(オリジナルの高さ)で歌うことが出来ればとても気持ちいいかもしれません。今まで出なかった高い声が出るようになれば、私でも絶対に大喜びします!!!

でも、声というのは低い声も小さい声もかすれた声も裏声も、全部とても魅力的なんです。その人にしか出し得ない声というのがあるのです。それを出すことが歌なんだと私は考えています。

場当たり的なミックスボイストレーニングでは、なんとか高い声は出せるようになるかもしれません(思うような声を出せるようになるのは極めて難しいと思います)が、人を感動させることはとても難しいでしょう。

自分の感情を声に乗せること(感情と声をリンクさせること)が歌です。高い声を出すことが歌ではありません。

「ミックスボイス」という言葉によってボイストレーニング自体に脚光が当たるようになったのは良かったのかもしれません。ですが、技術としても、歌や音楽としても、インスタントな考え方から脱却して、より本質的なものを求めてゆくような流れになんとかならないかなあと日々考えています。

そしてそのためには、まだまだ研究中の身でありながらも、こうして自分の想いを少しずつでも発信してゆくしかないなと思っています。

これからも地道に更新して行きますので、みなさん応援のほど、よろしくお願い致します!!!

 

 

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