(1) 音楽事務所のオーディション

JAZZのオーディションの時は、ウデだめしのつもりの軽い気持ちでした。「どうしても受かりたい!」と思ってた訳ではありませんでしたのでどちらかというと緊張もありましたが、楽しむ感じもありました。少なくとも仕事が欲しい訳ではありませんでした。

今度の音楽事務所のオーディションは、テレビ出演等有などと書かれていて自分の歌唱力だけでなくルックスやタレント性なども加味されるかもしれない、と思いました。自分にそういう煌びやか世界でやってゆく実力や魅力はあるのか少し不安になりました。

それでも、当時のボクに特に失うものもありませんでした。今はそれよりリアルに仕事がほしいと思いました。なので恐れず受けてみることが出来ました。

 auditionそして、当日。会場には20人ほどの人が集まっていました。

始めに、代表らしい怖そうな女性の方が話をされ、

「これは演奏能力の高さだけでなく、現場で必要とされる臨機応変な対応力も審査に入ります」

と言われました。

結婚式などで演奏する際にサビの途中で新郎新婦が高砂に到着したらどう演奏をまとめてキレイに終わるかなどのデモンストレーション(エレクトーンで)を披露されました。

正直、自分にはあまりピンと来ませんでした。

 

これまでのライブやJAZZの仕事では、イントロからエンディングまでいかに集中を切らずに演奏・歌唱するかが大切でした。曲を途中で切り上げるという経験はもちろんありません。通常ならそれは『大事故』になります。

言葉の意味として代表の方がおっしゃることは理解できましたが、あまり実感を伴うものではありませんでした。

その後、一人ひとり、演奏をしてゆきました。

ボクは、誘ってくれたピアニストの彼の伴奏でホイットニー・ヒューストンの『The Greatest Love Of All』を歌いました。

 

やがて全員の演奏・歌唱が終わり、間もなくその場で審査結果が発表されました。

審査結果ははAからEまで5段階あると知らされました。

 

A は、即戦力として合格

B は、若干の研修(現場の対応の仕方など)が必要だが合格

C, D は、当事務所のレッスンを受けて演奏能力や対応力を付けて現場にも徐々に出てもらうという育成合格

E は、不合格

というものでした。

 

結果は、

ボクは参加者の中でただ一人のA合格でした。

一緒に参加したピアニストの彼はただ一人のB合格で、残りの十数名は、みんなCかDの合格で、Eの不合格になった人は一人もいませんでした。

つまり、

A 1人B 1人(E 0人)で、それ以外の人は全員レッスンが必要な育成合格(C,D)という結果でした。

その後、所属するのに入所金がかかること、レッスン費用が月に2~3万円いるなど具体的な話が次々と出てきました。

……これって、ひょっとしてヤバイやつかな……。

おそらくその場にいた人は全員感じていたと思います。ボクもやはりそう感じていました。

その日は説明だけで所属するかどうかはまた各自で考えて返事をして下さいということで、事務所を後にしました。

その足でピアニストの彼と近場のカフェに入り、話をしました。

 

「何あれ?完全ヤバいやつやんな!?」

「確かに怪しすぎるな……。がっかりやわ…。」

「植村はどうすんねん?オレはやめとくつもりやけど」

「う~ん。どうしよっかな……。やばいかもやけど他になんのアテもないし入所金もレッスン代もかからへんし、ほんまヤバイって思うまで行ってみよっかな……。」

「マジかっ!?気をつけなあかんで!」

「ありがとう。なんかあったらすぐやめるわ」

 

Aで合格したボクは、入所金やレッスン代が免除されていて自己負担なしに所属できるとのことでした。

「怪しいニオイがプンプンするけど、やらへんかったらこれまでと何にも変わらないし、やってみるしかない!」……そう思いました。

ボクはその日のうちにこの怪しい音楽事務所にお世話になることを決めたのでした。

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(2) 音楽事務所にて

初めて事務所に行くと、僕以外に以前から所属されてた方や今回のオーディションで所属を決めた方が5名ほど来ていました。

いろんな説明を受けてボクもレッスンに参加することになりました。歌のレッスンというよりは、コーラスの練習という感じでした。

この時期はちょうど「ハモネプ」や「天使にラブソングををなどの影響で、アカペラやゴスペルが流行っていた頃で、結婚式などでコーラスやアカペラの歌の演出を入れるのが流行っていたのです。

ボクは譜面を初見で見ていきなり気持ちを込めて歌えるわけではなかったので、確かにレッスンは必要だと思いました(レッスン代は請求されませんでしたが、譜面代として一曲500円徴収されました…)。

その後、ちょこちょこ現場(結婚披露宴で歌う仕事)に出る機会を頂きました。大阪のハイクラスホテルが会場でした。

伴奏はMDやカセットテープのカラオケ音源でした。新郎新婦の入退場やケーキ入刀のシーンを歌で盛り上げるという仕事でした。

ギャランティは、1件6000円でした。現場までの往復の交通費や昼食代、レッスン時の交通費、譜面代などを考えると、ギリギリ赤字にならないという感じでした。

僕以外の人は、レッスン代も払っているので完全に赤字だったと思います。

中には夢のために思い切って仕事を辞めて所属したけど、社会人時代に貯めた貯金の200万が底をついてきたと話す人もいました。

違法なことはありませんでしたが(僕の知る限りは…)、明らかに良くない事務所でした。

所属するタレントをしっかり育てて、いい仕事を沢山してもらって、その結果、事務所も潤うという考え方ではなく、所属するタレントからお金を吸い上げる』という最悪のパターンです。

違法なことはないにしても、ボクの中では「詐欺事務所だと認識しています。

 

ですが、この事務所でレッスンの指導を担当して下さっていたH先生(曲のコーラスアレンジもされていました)が、他の事務所の仕事やH先生自身のお仕事・ライブなどに声を掛けてくださいました。

H先生経由の仕事は、先生の指導されるゴスペルクワイヤーの中で上手い方が参加されていたので音楽的なクオリティーも高く、楽しい時間でした。ギャランティも少し高く8000~10000円ほど頂いていたように記憶しています。

それから、新しく出会った事務所さんや事務所の歌い手さんの横の繋がりなどで、関西のいろんな事務所さんでお仕事をさせてもらいました。

恐らく京阪神エリアで行ったことのないホテルは無いと言うくらい本当に色んなところに歌いに行きました。

……気が付けば、自分が「詐欺事務所だと思う事務所との出会いが、ボクが歌の仕事を続けてゆくきっかけとなってくれていました。

もちろんやっていることを認める気はありませんが(自分の生徒がそこに所属すると聞いたら、絶対辞めた方がいいよ」とかなりキツめに言うと思います)、その事務所との出会いによって道が拓かれたことについてはとても感謝しています。

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(3) ブライダルの仕事との出会い

イベントで歌ったり、コンサートのようなことをやったりもしましたが、事務所関係の仕事で一番多い仕事は「結婚式で歌を歌う仕事」でした。

正確には分かりませんが、これまで歌わせてもらった結婚式・披露宴を数えれば、軽く1000組は超えると思います。

そしてこの仕事との出会いがボクの音楽的な感性を大きく育ててくれたと思っています。

ブライダルで歌を歌う仕事をし始めた当初は、何も分からずきちんといい歌を歌うことに集中していました。

そのうち色んな事務所と関わりを持たせてもらう中で、音楽的なセンスや表現力の高いボーカリストやピアニストなどの楽器奏者たちと出会う機会が増えました。

事務所的にも、ただどの曲をどのシーンで歌うかを決めればそれで終わり、というところもあれば、そのシーンをどのように演出すればお二人や参列された方にとって思い出深いものになるかを真剣に考える事務所もありました。

今でも関わりのある事務所はもちろん後者のような事務所ばかりです。

結婚式や披露宴で歌を歌うことは、これまでのライブやJAZZの仕事とはまるで違う仕事でした。

かつて「あいつは確かにめちゃ上手いけど、それだけやな。何がしたいのか全然分からへん(ボイストレーナーへの道のり ⑤ 参照)。」と言われたボクですが、このブライダルの世界で新たな自分の歌と出会うことになります。

 

(4) 空気を読む・空気を変える・空気を動かす

ライブやコンサートとブライダルの仕事の違いを一言で言うなら「主役か脇役か」と言うことができます。

ライブやコンサートでは、基本的に歌い手が主役であり、自分が責任を持ってお客さんを楽しませなくてはいけません。

ですがブライダルでの歌唱においては、歌い手は結婚されるお二人(主役)を引き立てる脇役という立ち位置なのです。

新郎新婦よりも目立つ歌を歌うようなことがあれば、それはもう大失敗です。

かと言って、控えめで無難な歌を歌っていてもお二人を盛り上げることは出来ません。大失敗にはならないかもしれませんが、それなら生演奏ではなくCDを流すので十分です。

では、どんなふうに歌えばいいのでしょうか?

ブライダルの仕事に慣れてきた頃から「会場の空気を読む」ということがとても重要だということがすぐに分かりました。

まずは物理的に、あとどれくらいで新郎新婦が高砂席に着くか、歩くスピードと残された距離を考えて、このまま歌い続けるのか、サビをもう一度繰り返すのか、などを判断する能力が必須なのです(詐欺的な事務所の怖い代表の方が言ってたことです)。

これがかなり難しいのでした。

「あ、このまま行けばちょうどいい感じだ!」と思っても、キャンドルサービスでローソクに火がなかなか付かなくてタイミングが狂ったり、お二人の歩みがとても早くてサビに行く前に曲が終わりそうになったり……、と思うように行かないことが現場ではたくさん起こります。

そういったことに対応するために常にアンテナを張り巡らせていると、だんだん他にもいろんなことを感じるようになってきます。

「今日のお二人はとても緊張してはるな」とか、「今日の来賓の方たちはなんか温かいというか柔らかい感じだな」とか………。

これは別に特別なことでもなんでもなく、日常生活の中で誰もが無意識にしていることです。

こうしたことが必死に歌っている時にはなかなか気が付けずにいるものなのです。

歌を歌うことに必死になり過ぎて、その歌が「どんな聞き手」に「どのように伝わる」のか何も考えられていない(感じようとしていない)のです。

例えば、誰かに「付き合ってほしい」と告白する時に、『いかに完璧に話せるか、いい声か、滑舌がいいか、いい間か、いい表情か、いい仕草か……』などにばかり気にして、肝心の『相手がどう思っているか、結果付き合えるのかどうか』を全く気にしない人はいません。自分が「上手く話すために」話すのではなく、「相手と付き合いたいからこそ」話すのであって、自分の話し方よりも相手の方に気が行くのが普通です。

自分の想いを伝えるということはとても大切なことですが、その伝えたい相手のことが今どんな状態か知りたいと思わないのだとすれば、そもそも伝えたいという気持ち自体が自分勝手な欺瞞で、自己顕示や自己陶酔のための嘘なのだと思います。

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ここから先の話は文字に表すのが難しいところなので、上手く伝えられなかったらすみません。

歌を歌いながら自分が歌う先の相手や空間に意識をフォーカスしてゆくと、自分が会場全体と一体になる感覚が起こってきます。

以前、新聞に北島三郎さんが松任谷由実さんとの対談の記事が載っていてその中でボクが感じてるようなことをおっしゃっていたので以下に書きたいと思います。

(記憶を辿って書いているので内容は大体同じだと思いますが、使っている言葉などはかなり異なると思います。)

 

『ステージに立って客席を見渡すと、客席に「私」がいる。みんなサブちゃんなんだ。どこもかしこもサブちゃんでいっぱいなんだ。そこでステージに立ってる「私」が客席のサブちゃんに、「がんばれーっ!」って歌うと、それが全部自分に返ってきて、みんなからスゴいエネルギーをいっぱいもらうんだ』

 

この記事を読んで、「分かるなぁ」と思いました。もちろんボクと北島三郎さんが同じことが出来てるとか言いたいわけでなく、歌や楽器、ダンス、演技など、人前で何かを表現する人は少なからず似たような感覚を感じたことある人が多いと思います。

ライブやJazzの歌を歌っている時のボクは、自分にいっぱいいっぱいでした。自分に陶酔していました。自分がいかに上手く歌えるかに全て意識がフォーカスされていました。

それは答えのない自分探しのようでした。

自分を「スゴい」と評価してもらうためにひたすら自分の内側を出そう出そうとしていたボクは、ブライダルの仕事と出会うことで、はじめて歌を聞いてくれる人たちに目を向けることが出来たのでした。

新郎新婦や二人を祝う人たちに対して自分の声で一体何が出来るのか、毎回真剣勝負でした。

ボクの感覚的には、会場と一体となったボクがその会場の空気を動かしたり振動させたり温めたり爽やかな風を流したり雨を降らしたりする感じです。

こうした感覚の起こらない時も沢山あります。というよりも起こらないときの方が多いと思います。

それでも自分が歌わせてもらった新郎新婦は絶対に幸せになるんだ、という思いで歌を歌ってきました。ただのきれい事と思われるかもしれませんが、そうした思いが持てたからこそ、ブライダルで歌う仕事を続けてこれたと思います

この頃はライブはほぼ何もしないで、仕事で歌うことばかりをやっていました。今はこれでいいと思いましたし、無理にライブをすることはないと思いました。

ボイストレーニングの仕事も軌道に乗り、ブライダルの仕事も回ってきて、29歳のときにバイトを辞めて仕事を音楽一本にしました。

両親に30歳までに喰えなかったら音楽辞める、と言っていたボクは、何とか体裁を保って音楽を続ける事が出来たのでした。

 

 

ボイストレーナーへの道のり ⑨ に続きます。