バトンタッチ
いまから20年ほど前、
ボイストレーナーとしてのキャリアをスタートする時、私は希望で週に一日、4コマの稼働にしてもらいました。
最初からレッスンの量が多いとパニクってしまうと思い、ちゃんと準備とか出来るように数が少ない方がいいと音楽学校の方にお願いしたのです。
それでも、20名ほどの生徒さんを受け持つこととなりました。
毎回、自分がちゃんと教えられるのか、どきどきしながらのレッスンでした。
そんなわけで、最初は居酒屋のバイトと並行してのボイストレーナーで、正直バイトの方が収入が多いような状態でした(ボイストレーナーへの道のり ⑥ 参照)。
私が教えることになった音楽学校は、数年前に自分が生徒として通っていた所でした。
周りは自分の生徒時代からいらっしゃる先生ばかりで、そうでない方もプロとして活躍中のすごい方ばかりでした。
ついこの間まで「植村くん」と呼ばれていた私が、急に同じ先生方から「植村先生」と呼ばれるようになり、なんだかこっ恥ずかしい感じがしました。
中でも生徒時代とてもお世話になったH先生から、植村先生と「先生呼ばわり」されるのは、なかなか慣れないものでした。
ある時、H先生と一緒にお昼ご飯を食べる機会がありました。
生徒時代に何度かお昼をご一緒させてもらったことがあったのですが、やはり何か気恥ずかしく思った私は、
「まだ、バイトもしてるんすよ〜。居酒屋なんですけど。生徒に見つからないかビクビクしながら『いらっしゃいませ〜!』ってエエ声出してます(^^ゞ」
とネタ的に自分を落として話しました(全部本当のことでしたけど)。
それに対して先生は、
「植村先生。私も、一つ一つ依頼が来て仕事させてもらってるだけで、何の保証もない、アルバイトと何も変わらないんですよ。植村先生と全く同じです。」
と話して下さいました。
別に私を慰めてくれてるわけでも、余裕ぶってエラそうにされるでもなく、本当に自然にそう思ってらっしゃる感じでした。
でも当時の私は、あまりにも違いすぎるキャリアの差に、なんだか申し訳なくなってしまいました(本当にすごい方だったのです)。
そんな私はまだまだな自分を知ってもらいたくなって、
「今、ボイストレーニングの授業を持ってはいますが、まだ何にもわからなくてK先生のレッスンメニューを丸ごと真似してるだけなんです。自分の歌もこの先どうして行くべきか全く見えない状況で、焦ってばかりなんです。って言っても自分の歌に対して何にもできてないんですけど……(¯―¯٥)」
と話しました。
きっと、こんなことはもH先生からすれば全てお見通しだったと思います……^^;)
なにしろ、私の歌を3年間みっちり指導してくださった先生なのですから。
H先生に話したとおり、当時の私は、音楽の仕事を始められたという自負と同時に、先の見えない不安も強く感じていました。
先生はやさしく語るように話して下さいました。
「植村先生。先生は、人類の大きな歴史の流れの中で、音楽を次の世代に伝える役割を担っているんです。自分がどうとかではなくて、人類が受け継いできた音楽というものをモーツァルトやベートーヴェン、ビートルズたちがそうしてきたように、今度は私や植村先生が次へ次へと伝えてゆくんです。先人たちが受け渡し続けてきたこの「音楽」というすばらしいものを植村先生がちゃんと受け取って、次の人たちにしっかりと伝えていくんです。バトンタッチですよ。分かりますか?」
・・・・・・衝撃を受けました。
これまで私は、自分の人生がどうなるか、自分の才能はどうなのか、ボイストレーナーとしてやって行けるのか、この先自分が歌手としてやってゆくことはないのか、といったことにずっと気を取られていました。
先生は、ご自分の人生の成功や失敗ではなく、何百年、何千年という時間の中で自分の役割を考えていらっしゃったのです。
そんな時間軸の捉え方、それまで一回も考えたことがありませんでした。
自分、自分、自分。
いつも自分のことばかりを考えていた私に、先生の言葉は、一瞬で今まで知らなかった景色を見せてくれました。
先生のおっしゃることは、自分にはかなり偉大すぎるように感じましたが、同時に肩の荷が下りたような、そんな気もしました。
地球や宇宙の時の流れの中で、「わたし」という人間の生きた時間はアリのウンチほどの意味も持たないちっぽけなものかもしれません。
でも、自分を超えた大きな流れの中に「わたし」を投げ込むことができるなら、今までとまるで違う世界に生きることができるのかもしれません。
私は音楽からいったいなにを「受け取り」、なにを「伝えてゆく」のでしょう。
「なにかを感じて、その方の人生でのなんらかのきっかけになってほしい」
そう思って、私はブログを書いたり、日々のレッスンをしています。
そして、それがまたその人のフィルターを通して、さらに次の人たちに伝わってゆけばなぁと思うのです。