【実は】腹式呼吸は「呼吸」の練習ではなかった!? ~腹式呼吸のトレーニングで歌がダメになる絶対的な理由~
歌やボイトレの話をすると、一般に『やっぱり腹式呼吸、大切ですよね!』という風に言われることが多いです。
YouTubeでも多くのトレーナーさんが腹式呼吸について動画をアップされていますね。
今回の動画を作成する際にいろいろと見させてもらったのですが、やっぱり僕には違和感があります。
「腹圧」という言葉を最近よく耳にしますが、これもちゃんと理解しないと逆に声をきちんと制御できないで力む方向に行ってしまう原因になると危惧しています。
僕は呼吸が良くなることで、音程が安定したり、ボリュームが増したり、高い声が出るようになったりすることはないと考えています。
じゃあ、「呼吸」ってどうでもいいかって言うと、そうでもなく、僕はボイストレーナーになって25年ほど経ちますが、年々呼吸というものがとても大切なのだと痛感しています。
歌にとって、発声にとって、「呼吸」はどんな意味を持っているのでしょうか?
腹式呼吸は本当に必要ないのでしょうか?あるのでしょうか?
歌に関するとても大切なことをお話することになりますので、どうぞ最後までご覧いただければと思います。
① フィジカルと表現
いくつか前の動画でも話しましたが、歌にはトレーニングする上でふたつの観点があります。
一つはフィジカル(物理/身体)です。
ボイストレーニングの領域で、声という「楽器」の領域だと言えます。
もう一つは、アート・メンタルといった「表現」の領域です。
声という楽器を使って何かを発したり伝えたり人と響き合ったりすることです。
ピアノなどの楽器の場合、演奏者と楽器は別なのに対して、声は、演奏者も楽器も自分自身です。
【表1】
【表1】を見てみましょう。
楽器は当たり前ですが、体の外にあります。この時、問題となるのは、お金の問題や住環境の問題などで、音楽的な才能や努力は一切関係ありません。
でも声は自分自身が楽器です。どこかで買うことが出来ません。なので、未発達な自分という楽器を鍛えてゆかなくてはいけないのです。
そしてこのことがボイストレーニングというものを厄介なものにしているのだと思います。
【表2】
【表2】を見て下さい。
ここで今回のテーマ、「呼吸」について見てみると、ピアノやギターの「指」に当たる部分だと分かります。
多くの人が言う、腹式呼吸を鍛えるというのは、どういうことなのでしょうか?
言葉のそのままの意味だと、ピアノやギターでは指を鍛えると同じになりますね。
ピアノやギターの練習って、指の練習に他ならないわけだからそれで合ってるんじゃない?と思うかもしれませんね。
でも、指立て伏せをしたり、楽器を触らず指だけで、エアギターやエアピアノの練習を「これが演奏の基本なんだ!」って真剣にやっている人って見たことないですよね?
でも声に関しては、腹式呼吸と称して
「呼吸が歌の基本。[s]の子音で16拍目まで息が続くように!」とか
「お腹を膨らませて吸って…、はい止めて!その胸腔の広さを維持したままお腹を膨らませたまま凹ませないで息を吐いてみようか、はいっ!」
みたいなことが普通に行われています。
これって何をしているんでしょうか?
これって一体何の練習なんでしょう?
② 腹式呼吸は実は呼吸ではなく楽器を鍛える練習だった
唐突ですが、あなたは口笛は吹けますか?
吹けなくても練習したことはあるという人は多いんじゃないかと思います。
あれって最初にちゃんと音が出るようになるまでがめちゃ難しいんですよね。
音が鳴らない時、何とか音が出るようにと思って、息を強く吐いてみたり、口をとがらせてみたりします。
いろんなことを試してる中である時、ちょっと口笛っぽいのが息の中に混じるようになってきて、徐々に感覚を掴んで音が出るようになります。
ところで、これって腹式呼吸のトレーニングで音が良くなるでしょうか?
完璧な息のコントロールが出来ていたとしても、唇の感覚が掴めなかったら音は全くでないですよね。
音が出るようになってきたら、じゃあ、腹式呼吸のトレーニングが意味を持ってくるでしょうか?
違います。
これは唇と息のバランスを掴む練習なのです。
そしてこの練習では常に唇に主導権があります。
唇の状態を無視して息が主導権を持った途端、音はクリアさを失い魅力のない雑な音になります。
声も同じです。息のトレーニングで声が良くなることはありません。
ただ、息による刺激を繰り返すことでによって、声帯でのより質の良い声の出し方が見えてくることがあるのです。
それを「腹式呼吸で声量がアップした」「音程が安定した」とかいうわけです。
息を強く吐くだけでいいなら、腹式とか練習しなくても「はぁーっ!」って声量がアップするはずじゃないですか?
「いやいや、そうじゃなくて、喉をあけて、あごとかもきちんと脱力させて発声するには、やみくもに息を強く吐くのじゃダメでやっぱり腹式呼吸が必要なんだよ!」
もちろんやみくもに息を吐くのがいいとは思いませんが、喉やあごをリラックスさせて発声するためには呼吸ではなく、声帯が良い振動を起こすパターンを見つける以外ないわけなんです。
口笛の例でも、いい音が出るためには「良い息」ではなく「良い唇」が必要なんです。
つまり、一般に「腹式呼吸」と言われているものは、「呼吸」ではなく、声帯の動かし方の、平たく言えば、声という「楽器(【表2】でいう声帯と喉口など)」のトレーニングなのです。
このことが理解されていないために、今までしてこなかった息や声の使い方をして、声が強く出るようになってきたり、音程が安定するようになってきたら、どんどん「お腹」や「息の圧力」に頼るようになってしまい、歌が硬直的になってゆくことが多いです。
楽器が音を出すのに一番いい状態に整っている、その状態を「声」という楽器で作り上げることがボイストレーニングなのです。
③ 「呼吸」に頼らない発声
なぜこんなにもボイトレ界隈ではいまだに「呼吸!呼吸!」と「腹式呼吸」が大切なものとされているのでしょうか?
ここにとても重要なことが潜んでいます。
「呼吸が大切」ーこの言葉の裏にあるものは、
「頑張らないと声が出ない」です。
なぜ「支え」が必要なのですか?
なぜ肺活量が必要なのですか?
全て声に対する『不信感』ー頑張らないといい声が出ないー から発しています。
そしてそのことが、自分自身の持っている力強くて美しくて感動的な声を殺してしまっているのです。
呼吸に頼ることをつづけることで「無個性で」「単調で」「凡庸な」声として、大きな声や高い声を身に付けます。
呼吸に頼るということは、ピアノで言えば、不安定な楽器を片手で押さえながら演奏するのと同じことです。
楽器が完成すればするほど、呼吸は演奏に専念できます。
いつまでも「呼吸」をいい声を出すための必要条件にしていてはいけないのです。
むしろ、良い声帯のコントロールを身に付ければ、自然と呼吸は良い状態になります。
本来の支えとはそういうものであるべきです。
何処かで人工的に作り上げた「支え」は声と心のバランスを崩します。
「呼吸」は感情とリンクして感動を伝える大本となるものです。
感情の動きが呼吸の動きになり、それが感動的な声の表現となります。
そのためには声帯のダイナミックで繊細なコントロールを手に入れる必要があるのです。
④ まとめ / 自分の頭で考えること
今回の動画では、僕なりの「腹式呼吸」に対する見解を述べたわけですが、当然意見が異なる方もいらっしゃると思います。
要はいい声が出てその人が楽しく満足して歌えたらそれでいいんだと思います。
ただ、「腹式呼吸」がプラスになる人も大いにいるわけですが、逆に苦しめられている人もやっぱり、いっぱいいると思うので、そういう人に救いの光としてこの考え方が届けばなぁと思っています。
僕の動画ではいつも大切にしていることなのですが、自分の頭で考えて自分の心で感じることが大切だと思っています。
誰それが言ったから、とか、世の中ではこれがすごいと言われているから、ではなくて、自分の中に物事を一度しっかりと入れて判断できるようになってほしいなと思っています。
そういう意味でこの「腹式呼吸」というのは、世の中を圧倒的に席巻していますから、自分の考えを持つための良いトレーニングになるのかなと思います。
本当はどうか?
これをいつも大切にしてほしいです。
どうしても世の中ですごいと言われているものに飛びつきたくなりますが、「客観的・科学的」側面と「主観的・美学的」側面の両方を大切にして、常に後者の方を主軸に考えていってほしいと思います。
科学なんて、しょせん今の時点でのおとぎ話なので、自分の中にある真実にどんどん目を向けてゆくことがとても大切なのです。
⑤ まとめ / エアボーカル(一番有効な呼吸のトレーニング)
エアギターというのが一時期流行りました。今もあるのかわかりませんが、エアギターの世界大会とかあったりしますね。
エアギターを10年やって世界チャンピオンになってもギターを手にすると何も弾けません。
ギターを弾けるようになるには、指の動きの真似だけではなく実際に弦を押さえて弾いて音を出す練習を重ねないといけない訳です。
歌も同じで、エア(まさに呼吸ですね)の練習ばかりやっても、その呼吸を使っていろんな声を出す経験を重ねないと自由自在に歌うことは出来ないわけです。
でも実はこのエアシリーズ、結構いい練習になることがあります。
僕はピアノの弾き語りの仕方のノウハウ動画を何本か出しているのですが、その中で、
「昔、ピアノがちゃんと弾けないのに、アーティストの曲に合わせてピアノを弾く真似をしていて、それが今の自分のピアノのタッチに繋がってる」
と言ったような話をしました。
要は『エアピアノ』ですね(笑)
エアギターもエアピアノも本当は弾けないわけですから、指の動きはめちゃくちゃです。
でも、じゃあ、何をやっているのかって言うと、感情と指の動きを繋げている訳なんです。
ダイナミックな音を出したい時には強くアタックして、優しい音を奏でたい時には、赤ちゃんのほっぺたを触るようなタッチにしたりして、自分の感情を音のイメージに変換してそれを出すための指の力を再現しているのがエアシリーズなのです。
このおかげで、僕はあまり真面目にピアノを練習していないので指は大して動きませんが、自分の出したい音を出すことができます。
こんな音を出したいというイメージの豊かさとそれを実現するための指のタッチは、エアピアノで学んだ訳です。
今日話した一般的な意味での「腹式呼吸」は、感情も表現もなく、ただ安定や呼吸量といった物理的なトレーニングになります。
ギターやピアノで言うなら、「オレ、指立て伏せ毎日100回やってるぜ!」と自慢しているようなものです。
もう、いいかげん「呼吸」を声を出すための労働から解放しませんか?
呼吸を「声を出すために必要な力」から、本来の役割である「気持ちを表現する」ものとして扱ってあげて欲しいです。
腹式呼吸の練習というのは、僕はいいとは思いませんが、呼吸に対して僕はむしろ他のトレーナーの方たちよりもずっと大切にしていると自負があります。
呼吸がとてもダイナミックかつセンシティブであることは、音量やピッチに対してではなく、表現したい感情によってであるべきです。
みなさんの歌が、気持ちよくて楽しいものになることを心から祈っています。