演劇に挫折したボクは、何もすることがなく半年ほどバイト三昧で過ごしました。
大学生になって以来ずっと自分なりに何か表現しようとしてきたボクにとって、ただバイト(比較的時給の高い工場のバイトをしていました)だけの毎日は気が狂うような思いでいました。
役者としての力量や脚本家・演出家としての資質や才能が無かったこともありますが、何より自分の人間性の未熟さに挫折したボクは、自分がこの先どうしてゆけば良いのか、どうしてゆきたいのか、まるで分からなくなりました。
「音楽をしてみようかな…」
という思いが何度も心に浮かびました。歌には(なぜか根拠のない)自信がありましたし、もともとは音楽の方が好きだったわけで、そう思うのは当然だったと思います。
でも、たとえ歌の技術がどれだけ高かろうが、人並み外れていい声だろうが(ボクが実際にそうかは別として)、その声で伝えるべき内容であるボク自身の人間性が貧弱であれば、結局はまた同じ挫折を味わうことは目に見えていました。
「今度は歌に逃げるだけじゃないか。」
そう思いました。
そう思い、自分を何度も責めました。
それでも結局はそれ以外の選択肢が自分にはどうしても思い浮かびませんでした。音楽に夢や希望を抱いていたというよりは、感情的には逃避に近かったんだと思います。
さて、いざ音楽をやるにしてもこれまで何も音楽の活動をして来なかったボクは何をどうしてゆけばいいのかまるで分かりませんでした。
そんな時、姉が当時社会問題だったエイズの啓蒙活動をしていてその中に、あるミュージシャンの方がいらっしゃいました(エイズの啓蒙活動は、当時芸術関係の方が多く参加されていて、姉を通じていろんな方と出会うことが出来ました)。
その方が出身された音楽学校が京都にあり、なぜか何の迷いもなく、そこに行こう!と決めました。
別にそのミュージシャンの方と特に親しいわけでもなく(ライブを見に行ったことがあるだけで特に話したこともありませんでした)、なぜその学校に決めたのか今から思うと不思議です。
他の音楽学校を調べることもせず、バンドのメンバー募集などに応募するとか、オーディションを受けるとか、大学の軽音に入るとか、………他の選択肢を考えたことは一度もありませんでした。
自分の人生というのは、自分で決めているようで、意外に運命のようなもので決まっていることもあるのかもしれないと思います。当たり前ですが、この音楽学校に通っていなければ今の私はないですし、今音楽をしているかどうかさえも分からないと思います。
音楽学校の学費は貧乏学生のボクにとって安いものではありませんでした。それでもそのお陰で、半年強のバイトの生活を何とか気持ちを狂わせずにこなすことができました。
その音楽学校が行っていた無料の体験レッスンを受けたりしながら、いよいよ入学をする為のカウンセリングを受ける日が来ました。
音楽理論のテストと自由曲の歌唱があり、その後受講するコースや授業内容のカウンセリングがありました。
理論の筆記テストは何とか半分くらい分かりました。コードに関する知識はゼロでした。まあ、こんなものだろうと思っていました。
自由歌唱は、メリッサ・モーガンという女性ボーカルの” You’re All I Got “という曲を歌いました。高校時代にレンタルCD屋さんでオススメされてるのを借りて聞いてからずっと好んで聞いていた曲でした。
歌い終わって、スタッフの方がボクに訪ねました。
「今まで本当にライブとかしたことないんですか?」
「フェイクとかアドリブの部分はCDの音源と同じフレーズを歌われましたが、CDとは違う植村さんオリジナルのフレーズをその場で思い付いてぱっと歌うことができますか?」
答えはどちらも「はい」でした。
劇団の打ち上げでカラオケに行くことはありましたが、当然ながら人前で歌う機会はまるでありませんでした。
アドリブやフェイクについては、色んな歌い手(特にR&B系)を裏声で歌いまくってるうちに(ボイストレーナーへの道のり②を参照)ブルースペンタトニックスケールの感覚が自然と身に付いていました(もちろんその時はそんなスケールの存在すら知りませんでしたが^^;)。
高校生の頃から好きなCDに合わせて勝手にオリジナルと違うフレーズで歌ったり、オブリガードを入れてみたりして、ずうっと遊んでいたのです。
スタッフの方が僕の返事を聞いて言いました。
「植村さん。いろんなことがあると思いますが、歌は続けられた方がいいです。」
この時、生まれて初めて自分の歌を理解できる人にちゃんと聞いてもらえたと感じました。
初めて音楽の中で自分を丸ごと認めてもらえたと感じました。
これまでも友だちなどから歌は上手い方だと思われていたと思います。でも自分の歌の何がスゴいのかをキチンと理解してもらえたと思ったことは一度もありませんでした。
「やっぱり自分の歌は、間違ってなかったんだ!!!」
スタッフの方から、レッスンが始まる(4月)までにピアノ(ハノン)を毎日弾いておくといいですよと助言されました。
そして、いよいよ音楽学校での生活が、そしてボクの音楽人生がスタートすることとなるのでした。
ボイストレーナーへの道のり ⑤ に続く
(⑤でようやく音楽のスタートって遅すぎますね^^;)
‹あとがき›
ボイスラボには、いろんな方がレッスンにいらっしゃいます。その中で気になることがあります。
周りの人に自分の歌を否定された方が結構いるということです。
「オンチなんちゃう?」
「歌、下手だね」
「声が小さいからもっと腹から声出した方がいいよ」
「自分、耳悪いなー」
……………。
友だちや家族など周りの親しい人が、そんなに深く考えずに言ったこと(言った本人がとっくにもう忘れてしまってるようなこと)が、言われた側の心には深く突き刺さり、ずっとトラウマになってその人の声や歌を縛りつけることが、本当によくあるのです。
スタジオで「オンチだ」と周りから言われた人の歌を聞いて、全くオンチでないどころか逆に上手いときもあるのですが、言われた本人は自分の歌はダメなんだとその後10年も20年も思い続けてしまうのです。
それで歌を人前で歌うのを避けてしまうとますます歌を歌う機会が減り、本当に「下手」「オンチ」であるかのようになってしまい、余計に人前では歌わない、と負のスパイラルに入り込んでしまいます。
歌の得意不得意は確かにありますが、自分の思い込みで本当は下手でないのにそのようになってしまうのはあまりにも残念で悲しいことです。
諦めずにトレーニングすることで、(プロになれるかどうかは別として)どんな人でも歌をある程度なら上手く歌うことは出来ます。
私も音楽学校のスタッフの方に聞いてもらうまできちんと自分の歌を理解してくれる人がいませんでした。オンチだと言われたことはありませんが、自分の歌を信じてこれて良かったなと思います。
もし、自分の歌はダメだと思って悩んでいる方がいらっしゃったら、是非スタジオにお越しください。本当にオンチなのか、下手なのか、判断することが出来ますし、もし仮にそうだったなら、どうすれば克服できるのかを提案させてもらうことが出来ます。
実際に音程をしっかりと取れるようになるには時間と辛抱強さが必要ですが、諦めないでトレーニングしてゆけば必ず道は拓いてゆきます。
歌をうたう楽しさを少しでも多くの方に知って頂けたらと思っています。