プロが行う声まねの方法~自分の声が見つかる「声真似」のやり方~

今回は「声真似」についてお話してゆきます。

生徒さんの歌を聞いたりした時に、

「あ、この人、ATSUSHIさんがすきなのかな」とか

「ミスチルが好きなんだな」などと分かることがあります。

 

うちのスタジオに来る生徒さんには皆さんに

「何でレッスンを受けようと思ったのか?」と聞いているのですが、

その中で「どうしてもその曲のアーティストの声に似せてしまって、

自分の声が何かよく分からないんです」というのをよく聞きます。

 

自分の声って何なのでしょうか?

 

そして「声真似」っていいことなの?それとも良くないことなの?

 

と言ったことについて、話してゆきたいと思います。

 

① 何でもモノマネから始まる

世界に優れた歌手がたくさんいますが、みんな自分がいいなと思う

歌手の声や歌い方を真似して上手くなった人がほとんどだと思います。

 

声真似やモノマネがないと、歌が上手くなるのは難しいと思います。

自分の好きなアーティストの歌や声をたくさん聴いて真似することで、

自分の感情表現の方向が形作られてきます。

 

お手本がなければ、上達のしようがないということですね。

 

書初めでお手本の文字がなければ、それを真似ることが出来ず

字がうまくなりません。

 

なので、「かっこいい!」とか「うまい!」とか思った人の歌を

なぞってゆくことで歌がうまくなっていくわけです。

 

② なにをマネるのか?

でもそうしてゆくと最初に話したように、オリジナルの歌手に

歌い方を寄せてしまって、曲ごとに歌い方や声質が変わって、

どれが自分の声なのか分からないということになってきます。

 

プロのアーティストのように大好きなアーティストのモノマネから

感動的な自分の歌をみつける人と、リジナルの歌手の声真似で

終わってしまって、「自分の声って何?」ってなってしまう人とでは、

一体何が違うのでしょうか?

 

ちょっと難しいかもしれませんが、

 

声や歌い方だけを真似するのが「自分の声が分からない」となる人で、

声や歌い方と、その声を出す内面的な動機の両方を真似るのが、

「自分の声にまで昇華できる人」です。

 

例えば、自分がハリウッド映画に役者として出演するとします。

向こうの人からしたらアジア人の違いなんてよく分からないので、

中国人役で出ることになってしました。

 

中国語なんて「ニイハオ」「シェイシェイ」くらいしか知らない僕は、

中国人のスタッフの方に台詞を読んでもらったものを録音して、

それを何回も何回も繰り返して覚え、本番に臨むことにします。

 

この時、自分が話している言葉の意味を理解して演ずるのか、

単に音を真似するだけかで、随分と演技のクオリティーが変わります。

録音されたものが素晴らしい演技力のものであれば、それを真似することで、

それっぽい演技をすることが、確かに出来るかもしれません。

 

ですが、録音されたものが泣いている声だったとして、その泣いているのが、

 

失恋で泣いているのか、

仕事仲間の裏切りで泣いているのか、

悲しくもないのに泣くふりをしているのか、

 

何が答えか分かりません。

 

ただ聞こえる声を真似ることしかできないわけです。

 

でも、これはどういう意味なの?と台詞の意味を教えてもらえば、

声を真似るだけでなく、

それに合わせて自分の気持ちを動かすことが出来ます。

 

すると、これは、録音されたもののモノマネではなく、

それを参考にした自分の演技ということになります。

 

歌に話を戻すと、声の音色や歌い方の表面的な部分だけを真似していると、

「ただのモノマネ」になってしまい、そのアーティストの心の動きを

感じながら声色や歌の表情を真似してゆけば、それが「自分の表現」へと

昇華してゆくということなのです。

 

 

③ 細部にわたって「感情」と「声」をマネる

昔来ていた生徒さんで、ある有名なレコード会社の経営するスクールに

通っている人がいました。

 

他の人と同じことをやっていても自分が抜きんでることは出来ないので、

もっと上手くなりたいと、レーベルの先生に相談したところ、

その先生と僕が知り合いだったので、紹介されて僕のところに来たわけです。

 

基本的な発声のレッスンなどを何度かした後、「歌もちょっと見ましょう。」

ということになって、レーベルのレッスンでやっている曲を持ってきてくれました。

 

洋楽のかっこいい曲を歌ってくれたのですが、

彼女が用意してきたノートを見てめっちゃビックリしました。

 

1ページに2行ほどの歌詞が書かれていたのですが、

そこにびっしりと書き込みがされていました。

 

シャクリやフォールなどを意味する矢印とか、

どんな音質で出すとか、

クレッシェンドとか、

歌詞の意味とか、

注意すべき発音とか……。

 

1ページに2行しか歌詞が書かれていないのに、

ノートにはびっしりと情報が埋め尽くされていました。

 

「おおすごい!」と思いました。

 

「これってレーベルで教えてもらったの?」と聞いたら

「自分で考えてやってる」と言ってたと思います。

これだけ自分であれこれ聞き込んで仕上げてきた彼女に、

僕はいったい何を教えたのか?

 

その書き込んであるシャクリやウィスパーなどの情報が

どういうパッションで歌われたものかを

彼女自身の感情とリンクするようにリードしたのです。

 

 

またさっきの中国語の演技の例えに戻りますが、

もし、「私はあなたを愛しています。」という意味の

「ウォーアイニー」というセリフがあったとしたら、

 

「ウォー、……アイニー」

「ウォーアイ、……ニー」

 

ではニュアンスが大分変ります。

 

ただ聞こえてくるのを真似るだけでなく、

 

「ウォー」が私、

「アイ」が愛している、

「ニー」があなたを、

 

と理解することで、より正確にブレなく感情が表現できることでしょう。

(この辺りは動画を見てもらえると意味が分かりやすいと思います)

 

全体的な意味を理解しているだけでなく、

一単語ずつの意味や文法などを理解することで、

より自分の心とのシンクロ率の高い

自分らしい演技ができるということになります。

 

通常は感情を先に感じて

そこからどのような声の表現があるのかを感じる方が

自然な流れかなと思いますが、

今回の生徒さんのように、

先に音の情報を詳しく分析して後で自分の感情とリンクさせる方が、

分かりやすい人が多いかもしれませんね。一度試してみた下さい!

 

 

④ 裏声で歌う、またはサイレントシンギング

僕が他の動画でも紹介しているおすすめの練習は、

裏声でオリジナルのアーティストを完コピすることです。

これは別の動画で詳しく紹介しているので、そちらをぜひご覧になってください。

 

裏声で歌う ~ボイトレ的にも表現的にも自由を獲得するために~【ORION 歌の学校】

一応、言葉で話をすると、裏声で完コピすることで、

歌い手の心情が見えやすくなってきます。

 

気持ちって目で見えたり数字で観測できるものではないので、

どうしても耳に聞こえる声を真似ることがゴールになってしまって、

気が付けば自分の声が分からない、なんてことになるのですが、

裏声で歌うことで、声は全く似なくなります。

 

じゃあ何を似せるのか、というと声の動きが似せられるわけですね。

その声の動きにそのアーティストの感情が表現されているので、

裏声で歌うことでそこに自分の気持ちが

フォーカスしやすくいなるということです。

 

低い高さの声を裏声で出すのが難しいので、

最初は裏声で歌うこと自体が難しい人が多いかなと思いますが、

ボイトレ的な意味でも表現的な意味でも

裏声で歌うことはとても大切なので、ぜひ頑張ってみて下さい。

 

あと、同じようなことで、

サイレントシンギングというのがあります。

 

これは、声を出さないで歌うというものです。

いや、歌わないのですが、

本気で思い切り気持ちを込めて歌うつもりで、

声は出さないという練習です。

 

これも最初は、CDやYouTube等の音源に合わせて、

アーティストの歌に合わせて同じように歌うつもりで、

声を出さないようにします。

 

すると、声を真似るつもりにしても実際には声は出ないので、

意識が感情の方に入っていきます。

結構しんどい練習かもしれませんが、

これもボイトレ的にも表現的にもとても意味のある練習です。

ぜひ試してみて下さい!

 

⑤ まとめ/魂を込めたパクリ

確か「ビートルズのつくり方」という本の中だったと思うのですが、

ジョン・レノンが言った言葉でとても印象的な言葉があります。

 

「魂を込めてパクったものは、その人のオリジナルである」

 

言葉はうろ覚えなのですが、内容はあってると思います。

 

ジョンが黒人のブルースやエルビスプレスリーなどの模倣をしている

という意地悪な批判に対して答えたものと記憶しているのですが

(違うかもしれません)、この文章と出会った時に、

 

「ホンソレ!」

 

と思いました。

 

僕が中学生の頃からCDに合わせて裏声で完コピしていた時に

感じていた感覚はまさにそれだと思っていたからです。

気持ち的にオリジナルのアーティストとリンクしながら、

その気持ちは自分の気持ちでもあるので、

コピーでありながら、

自分のオリジナルでもあるような感覚だったのです。

 

⑥ まとめ/形ではなく心を繋ぐ→それが音楽

世の中に、何ら先人の残したものに影響を受けていない創作物なんて

何一つ存在しません。

歌に限らず、絵やスポーツや、料理や、文学、商業製品など、

何にしても、何か参考となるものが先にあり、

それを展開発展させたものが作りだされているわけです。

 

「自分の声」とか「自分の表現」とか言ったところで、

他と全く似ることのない、

100%オリジナルな表現というのは存在しえないのです。

 

むしろ、自分が心の底からカッコいいと憧れたり、

大感動して涙を流したものが

自分の心の中で熟成され

自分の表現へと昇華されてゆきます。

 

オリジナルのアーティストの感じた感動が僕に伝わり、

その心の振動が僕の声を通じてまた他の人に伝わります。

そうして、ずっと昔の人が感じていた感動というものが、

個々の個性を通じて伝わり、伝承されてゆくわけです。

 

ちょっとスケールの大きな話になり過ぎましたが、

皆さんの歌に対する意識が少しでも変化できたらいいなと思います。